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大阪高等裁判所 昭和30年(う)1959号 判決

被告人 滝本虎一

主文

原判決を破棄する。

本件を京都家庭裁判所に差戻す。

理由

(中略)

控訴趣意第一ないし第三について。

原判決が被告人は昭和二十九年八月十日頃京都市伏見区東柳町貸席業千葉ステ方において、同人に対し同人が接客婦を住み込ませて売淫させているものであることを知りながら児童であるA子ことK(昭和十二年十二月十五日生)を接客婦として雇うよう斡旋紹介して引渡したとの事実を認定し、被告人はKが十八歳未満であることを知らなかつたとの主張に対し、原判決は児童福祉法の立法趣旨並に同法の精神に立脚すれば児童の年令の認識については事実上の錯誤があつても、原則として故意責任を認めるべきであると断定し、被告人は戸籍謄本、同抄本等公信力ある文書を取寄せて、当該児童の年令を確認すべきにも拘らず之をせずに、右児童の虚偽年令の告知等を軽信して非児童であると誤信したにすぎないから責任なしとは認められないとして、右抗弁を排斥し児童福祉法第六十条第二項第三十四条第一項第七号を適用処断している。しかし同法は児童の保護と福祉を保障するため、第三十四条各号掲記の禁止行為違反の罰則として第六十条を設け第三項において「児童を使用する者は児童の年令を知らないことを理由として前二項の規定による処罰を免れることができない。但し過失のないときはこの限りでない。」と規定し、「児童を使用する者」に限り年令の認識について、過失のある者まで処罰する趣旨を明らかにしているのであるから、その反対解釈としても、禁止違反行為があつても、「児童を使用する者」でない者については年令認識の故意を必要とし、事実の錯誤があれば処罰し得ないことは論理上当然の帰結である。同法第三十四条所定の禁止行為違反には年令の認識について事実上の錯誤があつても、常に原則として、故意責任を認めるという原判決の考え方は、合理的な理由なくして文理を超えた解釈と認めざるを得ないのである。ところで同法第六十条第三項は児童と特別の身分関係にある者に児童の年令を知るべき義務を負わせる趣旨であるから、同項にいわゆる「児童を使用する者」というのは児童と民法や労働基準法の雇傭契約関係にある者のみに限らないけれども、少くとも児童との身分的若しくは組織的関係において児童の行為を利用して得る地位にある者を指称するものと解すべきであるから、本件のように被告人は偶然知人から頼まれ児童を貸席業者に雇うよう斡旋紹介して引渡したにすぎなく、児童と右説示のような特殊な関係がなかつたものであるから、被告人は同項にいわゆる「児童を使用する者」に当らないものと解する。してみると原判決は適用法令の解釈を誤つた結果被告人が児童の年令を認識していたかどうかというその故意少くとも未必の故意について審究することなく、たやすく有罪を認定したものであるから、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて爾余の論旨について判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第一項第四百条本文に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 辻彦一)

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